続・六畳間奮闘記

男には自分の世界がある。例えるなら空をかける、ひとすじの流れ星

有限と無限

ーーーここに、一つの問いがある。人の時間は有限であるか否か。

 俺は今、時間に追われている。来月に期末テストを控えた今、今月中にレポートを提出することが単位認定の第一条件と言っても過言ではない。しかし、ここで問題が発生した。時間という人には超えるべくもない大きな壁の存在である。1日はきっちり24時間。それ以上でも以下でもない。たとえ時計が遅れようと自転周期が変わろうと、自身に刻まれる時間は結局のところ24時間である。
 
 時間の壁、ともすれば時間は有限であると言えるのかもしれない。加えて集中力も有限、シャーペンの芯も有限とくれば、有限尽くしで有限がゲシュタルト崩壊するほどに、勉強に使える時間は限られているといえる。

 しかし、有限でありながら無限であるものもある。地球上の砂の数がまさしくそれで、多くの人がそれを無限であるというだろう。要は無限とは近似的なものであり、それが果てしないと思えるのならそれは無限であるということなのだ。
 
 そして俺はここに、時間の壁を超える突破口を見た。有限の時間を無限に変える、その方法を・・・・

 時間を数えるのである。1日は60*60*60*24=518400秒。これを30日間数えれば、それは体感として無限に等しいのではないか。これで時間の壁が超えられる!やったぞ!

 しかし、ここで再び、有限の集中力が頭をもたげてくる。無限であったはずの時間が、有限という枠に押し込まれてしまった。しかし、有限であるなら、それを1つの周期として繰り返せば無限へと至るのではないか。1分の集中を繰り返すのならば、それは果がないのと同義ではないのか・・・・

ーーーーとまあ、無限がループしている。これがほんとの無限ループである。(人の時間?人それぞれだと思います。)